Who is Stik? コラム Part 3 by 保科好宏(ロック・ライター)
Pic by Reiji Isoi
保科好宏氏による、英国人アーティストStikに焦点を当てたコラムの第三弾をお届けします!
pic by 浜崎健立現代美術館
保科好宏氏による、英国人アーティストStikに焦点を当てたコラムの第三弾をお届けします!
Street Art News Japanの特別企画として、二回に亘りお届けしてきた保科氏のコラムも今回が最終回となります。
第一弾(参照)、第二弾(参照)に引き続き、今回も興味深いエピソードを交えながら保科氏がStikの魅力を余すことなく語ってくれているので、是非お読み下さい。
第一弾(参照)、第二弾(参照)に引き続き、今回も興味深いエピソードを交えながら保科氏がStikの魅力を余すことなく語ってくれているので、是非お読み下さい。
Stik is One And Only
Stikが来日した9月23日は、朝6時起きで成田に迎えに行き、昼過ぎに渋谷のホテルにチェックイン。すぐにスプレー缶の手配をすべく原宿のStill Diggin'に行き、この日は午後6時前にホテルに送り届けて解散と、到着したばかりのStikの体調を考えて早めに切り上げた。この日、Stikと渋谷や原宿の街を歩いていて面白かったのは、常に描けそうな壁を物色していたことで、ビルとビルの間のちょっとした隙間も見逃さず、こういう所もいいんだよ、とチェックを怠らなかったことだ。中でも最も気に入っていたのは、原宿の明治通り沿いの交差点にあるコンドマニア(有名なコンドーム専門店)の細長いビルの裏側で、汚れたコンクリートが剥き出しのままだったことから「僕が描いたら壁も明るくポップになるんだけどな」と話していたので、もしコンドマニアのショップ関係の方がこれを見ていたら、是非連絡をお願いします!
STILL DIGGIN'の店長さんと |
そして翌24日は、Stikがアダチ版画の工房で打ち合わせと木版作品のチェックをすることになっていたため別行動にし、翌25日の午前10時にStikをホテルでピックアップして曙橋にあるビッグイシューの東京事務所に向かった。東京事務所では顔馴染みのスタッフの方としばし歓談後、ジャパン・オンリーで20部限定制作された4色の版画(ビッグイシューのポスターと同じ絵柄の作品)計80枚にサインとエディション・ナンバーを入れ、12時から今回の来日目的でもある販売員さん達との懇談や、ビッグイシューの付録ポスターにサインを入れる作業を2時間近く行なった。あいにくこの日は雨模様だったため、最新号を仕入れにくる販売員さんの数こそ少なかったものの、その人たち全員に日々の生活や食事のことなどを訊ね、東京でのホームレス生活の実態を熱心に聴いていた。というのも、Stik自身、2年半前までロンドンでホームレス生活をしていたからで、当時Stikは、廃棄処分される直前の野菜や果物などを定期的に貰いに行ける場所が数カ所あったので助かったそうだが、今はゴミ箱に廃棄した食べ物を漁られないよう、洗剤などを撒いておくケースが多いといった厳しい現実を知り、顔を曇らせていた。
販売員さんと
ビッグイシュー東京事務所での販売員さん達との懇談会を終えたStikと僕は、急いでStikのスーツケースを取りにホテルに戻り、そのまま新幹線で大阪に。新大阪駅では午後7時に友人の村中くんと落ち合い、彼の車で心斎橋のホテルにチェックインし、一息つく間もなく、大阪で初めてのミューラル(壁画)を描くことになる候補の壁を3人で見て回った。この中でStikが気に入った壁は、南船場にあるオーナーが同じカフェレストラン2カ所のうちのどちらかか、REDギャラリーの壁ということになったものの、実はまだ最終的な許可が出ておらず、結論は翌日まで持ち越しになってしまった。そんな状況の中、ラーメンが食べたいというStikのリクエストで、最後に壁を見に行った難波で、近くに住む漫才師の友人、おかけんた氏お薦めのラーメン屋さんにみんなで直行。もう時間は午後11時近かったが、一切お酒を飲まないStikを尻目に、僕らはビールで乾杯してからラーメンを食べてホテルに戻った。
そして翌26日の朝7時、Stikとロビーで待ち合わせしてビッグイシュー大阪事務所にタクシーで直行。早朝にも関わらず、事務所には大勢のスタッフと販売員のみなさんが勢揃いしていただけでなく、入り口正面には「STIK, WELCOME TO JAPAN!」のプラカードや拡大コピーされたStikが表紙の最新号がディスプレイされており、これにはStikも大感激。10年前に大阪でビッグイシュー日本を立ち上げた創設者の佐野章二さん始め編集部の方と歓談した後、ここでも東京事務所でと同様、販売員の方ひとりひとりに話を訊いてポスターにサインし、持参したカードにStikmanのドローイングを描いてプレゼントするなど2時間近く懇談、そのまま販売員さんがいるJR大阪/梅田駅周辺に繰り出した。ここでは直接販売員さんと一緒にビッグイシューの販売を手伝ったり、付録のポスターにサインするなど、お昼近くまで精力的なサポートを続けてから、壁画の場所を決めるために南船場に向かった。
Pics by Yoshihiro Hoshina
結果的にはStikが第一希望に挙げていたREDギャラリー向かいのカフェ・アマークドパラディの横壁の許可が下り、Stikも僕もホッとしたのもつかの間、隣の時計屋さんの営業中は作業が出来ないとのことで、Stikには夕方までホテルで休んでもらうことにした。そして夕方、今回いろいろとサポートしてくれたREDギャラリーに向かうと、ビッグイシュー販売のためのテーブルまで用意してあり、2人の販売員さんが用意した付録ポスター100枚以上にStikがサインを入れてから(その100冊以上のビッグイシューは数時間で完売!!)、いよいよミューラル制作が始まった。その日の夕方、誰からともなくFacebook Twitterで拡がり始めたStikのウォールペインティング情報のせいか、平日にも関わらず少しずつ人が集まり始め、ピーク時には数十名のギャラリーが見守る中、大阪初のStickmanが約3時間ほどで南船場に誕生した。
pic by 浜崎健立現代美術館
翌27日は、早朝7時にチェックアウトして京都に移動。僕は東京で仕事があったため、この日のアテンドを友人の藤田さんにお願いすることにして一旦帰京。夕方に電話で話を聞けば、この日は下塗り用のペンキを買いに行ったり、いろいろと準備があり、BAKIBAKI氏とのコラボ壁画はほとんど進展が無かったとのこと。しかも壁画を描くビルは住宅地の中にあり、リフト車のエンジン音の問題で夜は作業が出来ないと聞いて心配になった僕は翌朝、再び京都に向かった。そして昼過ぎに西院の現場に到着すると、その日の午前中に描いたStikmanの下描きを見つけ、これなら土曜日までには何とか完成するだろうと一安心した。そして午後3時過ぎ、このビルのオーナーのAさんと約15年振りに再会。と言ってもAさんとの接点は、2人とも詳細は思い出せなかったのだが何か音楽系のアート展のような場所で一度名刺交換したことがあり(当CROSSBEAT誌の編集部にいた山下さんに、大学の先輩ということで紹介された)、それから数年後、偶然僕がヤフオクに出品していたアート作品をAさんが落札して下さり、横浜駅で会って品物の受け渡しをしたことがあったのだが、そのAさんとこういう形で京都で再会するという成り行きに、偶然とは思えない不思議な縁を感じた。しかもこの日、現場に駆けつけてくれたおかけんた氏もAさんを始め陶芸スタジオの作家さんも面識があり、まるでStikが仲間を結びつける触媒になっているように感じた。
そして翌29日、リフト車の故障で作業が一時中断するトラブルがあったものの、翌朝ロンドンに帰るStikの作業を優先させてもらい何とか完成。そのまま村中くんの車でホテルに戻って荷物をピックアップ後、午後8時前の新幹線で帰京。そして翌早朝、成田に見送りに行き、約一週間のStikとの旅が終了した。こう書くとそれほどトラブルも無かったように思うかも知れないが、実際は突然のスケジュール変更や、注文していたスプレー缶が在庫切れで他のお店に手配したり、大阪の壁も決まるまでは二転三転あったり、当初の予定より関西滞在が1日延びたりと気が休まる間が無かったというのが正直なところ。ただ何かトラブルが発生する度、誰かしら周りのスタッフの助けがあったからこそ今回の行程を無事に終えることができたわけだが、まだほとんど何も決まっていなかった来日10日前のことを考えると、奇跡のように思えたのも事実だ。
最後に、今回ずっとStikの近くにいて知り得たことをみなさんにもお伝えしたいのだが、基本はストリートの覆面アーティストゆえ、書きたくとも書けないことがたくさんあるのが辛いところ。そんな覆面アーティストにも関わらず、僕のことを信用してくれたのか、Stikはこちらが訊ねなくとも自ら進んで驚くような自身のキャリアやプライベートなことまで何でも包み隠さず話してくれたこともあり、すっかり彼のファンになってしまった。しかも彼の性格はイギリス人ぽくなく(イギリス人の友達はけっこう多いが)、日本人的な気遣いが出来る人で、一切お酒は飲まないのに明るくジョーク好き、常に場の空気を和ませ笑わせてくれるので、一緒にいて本当に楽しいのだ。それでいながら夜遊びすることも無く(疲れているせいもあったのだろうが)、夕食を終えたらまっすぐホテルに帰るのでアテンドは楽と言えば楽だったが、僕がせっかく京都に来たんだから半日観光でもしようかと誘ってみても全く興味を示さず、本当にただ壁画を描くのが好きな真面目なアーティストというのが、Stikの印象だ。
Pics by Reiji Isoi
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そんな彼の驚くような得意芸が、いわゆるヒューマン・ビートボックスで、リズムボックスやベース、トランペット、スクラッチ音など、口真似でリアルに再現するプロ並みの技には感心しきりだった。更には10数年前に1年近く日本に住んでいたというだけあって普通に話せるわけではないものの日本語の発音は完璧で、恐らくStikは人並みはずれて耳(音感)が良いのだと思う。そこで試しにデビュー当時のタモリの十八番だった各国語のデタラメ会話をリクエストしてみたところ、中国語やフランス語、イタリア語などももっともらしく発音し、イギリスの中でも訛りがきついウェールズやリヴァプール、マンチェスター、グラスゴー、コックニー等をリクエストしてみると、完璧に使い分けて聞かせてくれたのには心底驚いた。恐らくStikはミュージシャンでも、コメディアンでも俳優でも成功出来るのではないかと思うが、実際よく見ると素顔は整った綺麗な顔立ちをしているし、性格も良く、ユーモア感覚も優れ、頭もキレるのだから、アーティストとして成功するのは当然だと確信した。
さて、Stikの今後の予定についてだが、12月6日からニューヨークで個展の予定があり、自由の女神をモチーフにした新作版画を発表することになっている。残念ながら来年の予定はまだ何も決定しているものはないらしいが、ロンドンで大きな個展、そして春には再来日してミューラル制作、そして日本での個展と、すべては未定ながらStikはそんな青写真を想い描いているようだ。僕もそんな彼の計画が実現するよう、出来る限りサポートしていきたいと思っている。今回Stikと行動を共にしていて感じたのは、実は壁に描かれたStikmanはStik自身の分身ではないかということだった。というのは、いつもいるだけで周りの人を和ませ、心を癒してくれるような不思議な魅力とパワーが彼とそのミューラルにあるからで、彼の絵を見て気に入った人は、知らず知らずのうちに精神が浄化されるような感覚になるのではないかと思う。そんな彼のミューラルや版画作品は、今という時代だからこそ人々に最も必要とされる"現代のイコン"なのではないかとの思いを強くする今日この頃だ。
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