Who is Stik? コラム Part 2 by 保科好宏(ロック・ライター)


保科好宏氏による、英国人アーティストStikに焦点を当てたコラムの第二弾をお届けします!
第一弾(参照)に引き続き、今回も興味深いエピソードを交えながら保科氏がStikの魅力を余すことなく語ってくれているので、是非お読み下さい。

Stik is One And Only
Stikとロンドンで再会したのは、7月2日のこと。その前の週、僕は約20年振りにグラストンベリー・フェスティバルに参加してライヴ三昧の3日間を過ごしてかなり疲れていたのだが、ロンドンに戻った翌日、オールド・ストリート駅近くの彼のスタジオを訪ねることにした。実は今回の渡英目的は、グラスト・フェスとリヴァプール探訪がメインで、ロンドンでの自由時間は丸1日しかなかったのだが、それでも彼に会いたかったのは、「ロンドンに来る予定があるなら、一度スタジオに遊びにおいでよ」と願ってもない誘いを受け、こんなチャンスは滅多にないと個人的に楽しみにしていたからだ。

駅まで迎えに来てくれたStikと歩くこと約5分、そのスタジオは倉庫のような建物の中、目が回りそうな手すり無しの細い螺旋階段を上り切った隠れ家のようなペントハウスだった。スタジオの広さはそれほど大きくはなく、日本風に言うとざっと20畳強といった感じで、床には下塗り用のペイントやスプレー缶など所狭しと並んでいた。そんなスタジオの中でも最初に目がいったのは、初めて見るオリジナル・キャンバスで、印刷でもないのにどうしたらこれほど綺麗に仕上げられるのかと驚いたほど、色の塗りも黒い線もクッキリと丁寧に描かれており、ストリート・アートと言うよりは完全にコンテンポラリー・アートと呼びたくなるクオリティで、シンプルながらも真似の出来ないテクニックの高さに感心させられた。他にもStikmanのオブジェや、信号機のライトのような作品など、作るそばから売れてしまうというだけあって作品数はそれほど多くはなかったものの、初めて見るオリジナル作品にテンションは上がりっ放しだった。


そのスタジオで一時間ほど過ごしたあと、彼が近所に描いたミューラルをいろいろ見ながら、近くのベトナム料理屋で夕飯を食べながらいろいろ話したのだが、そこで彼から1999年に初めて日本に来て1年近く住み、いろいろとカルチャー・ショックを受けて親日家になったことなど、プライベートな話も含め興味深い話をいろいろ聞くことができた。そんな中で驚いたのは、これまでに制作したオリジナル・キャンバス作品は、トータルでも70点ほどとかなり少ないことと(初期に一度だけポストカード・サイズの手描きのキャンバスを100点、個展で売ったことがあるとのことだが)、これまで発表したシルクスクリーン版画も含め、全て1日で完売しているという話だった。そんな状況を聞けば彼の作品がなかなか日本に入って来ないのも当然と、日本のストリート・アート・ファンが思っている以上に英国を中心に欧米で根強い人気があることを思い知らされた。


それから約一ヶ月半後、その時にもしかしたら9月にビッグイシューの創刊10周年のタイミングに合わせてまた日本に行くかもしれないと話していた件が気になって担当者に連絡をしてみたのが8月中旬のこと。そこで記念号の表紙がStikに決まり、付録のポスター印刷代も彼の好意で全額負担してもらえることになったいう話を聞いた僕は、たまたま9月に頼まれていたあるアート展用にビッグイシュー絡みのStik作品も展示してプロモーションを手伝えればと考えたのだった。ところが、Stikは9月上旬からニューヨークで個展の打ち合わせと巨大なミューラル制作の依頼を受けて超多忙でコンスタントな連絡もままならず、ビッグイシュー側も10周年記念の記者会見やキャンペーンの準備で大忙しとあって、Stikの来日スケジュールのマネージメントをする物理的な余裕が無さそうだった。しかもビッグイシューの付録ポスターの費用と来日の経費は、Stikが同じ図柄のキャンバスを制作し、それを売ったお金で賄う予定だったのだが、ポスターの印刷代は充分に賄えたものの彼の旅費や滞在費を考えると経費不足だったことから、一度、来日中止という決定が下されたのが9月中旬のことだった。

ビッグイシュー日本代表、佐野章二氏(右から2人目)他、大阪のスタッフと
Pics by Yoshihiro Hoshina

そんな中、超多忙にも拘らず、Stik自身はもう来日する心づもりでおり、静岡市東海道広重美術館で10月16日から開催される『浮世絵POP/江戸~現代のポップ・カルチャー』展に出品される木版画作品「Piggyback(おんぶ)」の打ち合わせでアダチ版画さんとのスケジュールを24日に組み、また京都では日本のストリート・アーティスト、BAKIBAKI氏とのコラボで大きなミューラルを制作する予定もあるとの話を聞いて思い付いたのが、それならビッグイシュー用の絵柄で日本向けに版画を少数作って販売し、その売り上げを経費に充てたらどうかというアイデアだった。早速Stikとメールで話し合って出た結論は限定版画制作のゴーサインで、いろいろとやり取りしているうち、東京と大阪でビッグイシューの販売員さん達と交流の場を持ちたい等リクエストもあり、気が付けば滞在中のスケジュール調整から新幹線やホテルの手配、大阪でもミューラルを描きたいとの話から壁のリサーチから確保、京都でのリフト車の手配まで、来日までの実質5日間ほどで全てのブッキングを終えていたのだった。

Pic by Reiji Isoi

そういえば京都でBAKIBAKI氏と初めて会って話した際、いみじくも「Stikはビッグ・ベイビーだよね。みんなが自然に手を差し伸べて、難しいことでも実現しちゃう。彼にはそういう不思議な力があるんだよ」と。加えて不思議なことに、BAKIBAKI氏とStikがコラボで描くことになったビルのオーナーA氏が、実は20年近く前、一度僕と会ったことがあり知っているという、偶然にしては出来過ぎの話も直前にBAKIBAKI氏から聞き、予想もつかない驚きの巡り合わせに何か見えない力に動かされているような奇妙な感覚に陥った。そして9月23日、成田まで迎えに行った僕は、Stikが30日に帰国するまで、付き人かマネージャーのように彼と行動を共にし、怒濤の一週間を過ごすことになったのである。(続く)
 
【保科好宏】
(ロック評論家/コーディネイター)長野県須坂市出身。著書に『ロック人名辞典』(共著/音楽之友社)『ザ・フー・ファイル』(監修/シンコー・ミュージック)などがある。趣味はロックと現代アート。

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